2010年12月29日

夢の気持ち

 一昨日の明け方、夢を見た。その時の印象が、いまだに僕の中に残っていて、思い返すたびに、快い幸福感に包まれる。その夢というのは、僕がどこかの高台 -故郷のよう- に立って、知らない人々と地平線まで広がる風景や空に浮かぶ白雲を眺めながら、ここに住むことの素晴らしさを話しているという、たったそれだけの内容なのだが、この時に自分の中に生じていた感情は、これまでに経験した事が無いような種類のものであった。言葉にするのは難しいが、よく晴れた日の夜明けのように深く静かで、どこまでも透き通っていて、そして暖かく落ち着いている。何の執着も、少しも心乱すものが無く、何もかもが満ち足りている。初めて会った人たちなのに、なぜか心が通い合っている。
  現実の生活でも、どうしたら、このような心境になれて、ずっと持続できるのだろうか?

2010年12月27日

森のボランティア

  一昨日、つくばで森の手入れ作業があった。冷たい風の吹く日にもかかわらず、多くの大学生やボランティアが参加した。まずは、エノキの落葉の中で越冬しているオオムラサキの幼虫探し。すごく嬉しいことに、9頭も発見して、3年前からこの森に定着するようにと放蝶した成果が確認できた。その後は、下草刈り。若い人たちが頑張ってくれたおかげで、森はみるみる間にスッキリした。
  写真は、先週の日曜日に石岡で「ジオアート」のY氏が開催したイベントで、僕が初めて作ったクズの編みカゴに、森で見つけたサルトリイバラの果実を入れたもの。カゴと真っ赤な果実が、あまりに調和していたので、参加したTさんご夫婦にセットで差し上げた。

2010年12月24日

菖蒲沢への散歩

最近、車ばかり乗っていて歩かなくなった。これでは足が鈍るばかりだ。そこで、今日は少し長めに散歩をすることにした。山小屋の脇の山道をまっすぐ登り、椿峠を越えて、龍神様と薬師堂にお参りして、菖蒲沢に抜けるのだ。この龍神様と薬師様は僕の守り神とかってに決めている。天気は暖かく、空気は澄んでいて清々しい。山道の両側に続くコナラ林は、すっかり葉を落として明るい。裸になった木立の間から、筑波山に連なる山々が見通せる。厚く積もった落葉を蹴散らしながら歩くと、カサコソと乾いた音がして楽しい。巨岩が重なった龍神様まで登ると、突然、東方面の展望が開ける。思い切り深呼吸をして、この一年の間に溜まった汚れを吐き出した。やがて薬師堂に着いた。いつ来ても、ここで人に会う事は滅多に無い。鬱蒼した森に囲まれて、いつものように静かに薬師如来様が座っている。突然、静けさを破ってチェンソーの音がする。珍しい事もあるものだと思って近づいたら、穏やかな表情をした老夫婦が、ヒノキを間伐していた。声をかけると、「飽きてきたので、そろそろ止めて自宅に帰るところだ」という。自宅は、すぐ下の菖蒲沢だという。お二人に聞くと、このヒノキ林は、昔は畑で、その後、栗を植えたがイノシシの被害がひどくて結局はヒノキ林にしたそうだ。こんな山の中腹まで畑だったとは驚いた。そう言われて見れば、山中の所々に平らな地形がある。昔は畑だったのだろう。おじいさんから、この土地の古い歴史と薬師堂と龍神様の由来を聞いた。言い伝えでは、薬師様が漁師に拾われて背に担がれ、この地まで来た時、龍神様が一休みしたらどうだと言ったので、漁師は「よいとこしょ」と言いいながら腰を下ろしたところ、それを聞いた薬師様が、「そんなに良い所ならここで降ろしてくれ」と言って寺が開かれたそうだ。確かに、菖蒲沢は北と西側に筑波山からの峰を背負い、南向きの斜面が広がる暖かい所である。ヒメハルゼミ生息地の北限として天然記念物にも指定されている。きっと昔から、暖かくて水も豊かな人の住みやすい良い土地だったのだろう。おばあちゃんからは、「ここで会ったのも何かの縁だから」と、おにぎりとお茶と焼き栗までいただいた。しばらく土地の話を伺ってから、麓にある東光寺跡を訪ねるために、お二人と別れて菖蒲沢の集落に向かった。
僕の山小屋の近く、距離にして3、4km、時間にして2時間ほどの散歩だったが、土地の人々と温かく交流したり、中世まで遡る土地の歴史を感じたり、初冬の静かな自然を楽しむことができた。「歩く」と、いたるところで発見と出会いが待っていて、到底「車」では味わえない密度の濃い世界が展開する。(写真は菖蒲沢の集落。クリックすると大きくなります)


2010年12月22日

「100年前の女の子」

 夕べの激しい雨も上がった。ピーは、本立ての上で居眠り。早朝5時から起きて小屋の中を飛び回っていたので、眠くなったのだろう。
僕は、先週自宅に帰った際に買ってきた船曵由美著の「100年前の女の子」(講談社 2010年)を、先ほど読み終えた。これは著者の母親が、100年前に栃木県足利の田舎で生まれ少女時代を過ごした記録である。北関東の四季おりおりの農村の暮らしや人々の風俗、それらを優しく包む自然と動物との交流、そして幼くして養女に出された時の辛くて哀しい思い出などが、平易な言葉で詩情豊かに綴られている。僕も、その近くの館林に生まれた。読んでいて、何度も遠い昔の出来事や、もうこの世にいない人々を思い出して、目頭を熱くした。どこかの書評に「新しい遠野物語の誕生」とあったが、本当にそう思う。それにしても、昔の生活は厳しくて貧しかったが、何と精神的に豊かだったのだろう。この本を読んで、私たちは、この100年間に何を得て何を失ったのかを考えさせられた。

2010年12月19日

霜の朝

朝起きて、カーテンを開けたら、庭は一面の霜景色。顔を近づけて、枝先に残った葉をよく見ると、小さな氷のつぶつぶで縁取られている。このところ、季節は、やっと冬らしくなってきたようだ。外の蛇口も凍っていて回らない。「しまった!夕べのうちに水抜きしておけばよかった」と思ったが、もう遅い。でも、「まだ、この程度の冷え込みなら大丈夫だろう」と楽観視して、霜の観察を続けた。
(写真をクリックすると氷の粒が見えます)

2010年12月14日

落葉した庭

  忙しさも一段落して、雨の山小屋を楽しんでいる。庭は、ほとんどの木々が落葉したので、明るい。おかげで、これまで道路側から見えなかった山小屋が、裸になってしまい丸見えだ。冬でも隠れるようにと常緑樹のシラカシを植えたが、まだ幼くて、あと数年はかかるだろう。
  ピーのやつ、この2、3日、変な鳴き声になっている。風邪でも引いたのだろうか。それとも変声期なのだろうか。(猫に変声期ってあるのかな?)今朝は、カエルを踏みつぶしたような声で僕を起こした。大笑いしながら、「お前がカエルをいじめるからこんな声になったのだ」、「謝らなければ、元に戻らないよ」と言い聞かせてやった。

2010年12月3日

小屋の新しい仲間

  そう、この猫は、先日、友人たちと「しが」さんの工房を訪れた際に、彼女のギャラリーから連れてきたもの。今では、すっかり山小屋の住人となって、いつも机の上から、僕とピーに何やら難しい哲学を語りかけている。

「しが」さんへの訪問は、とても印象的な体験だった。「しが」さんご自身とさまざまな作品群、それらが生まれた工房や家、そして、これらを静かに包み込んでいる周囲の森の木々、澄んだ空気・・・すべてが一つに美しく調和して、「しが」さんの独特な世界を創っていた。まるで魔法にかけられたような晩秋の一日だった。

2010年12月1日

薪の置場を作る


僕が薪置場を夢中で作っていたら、先ほどまで周りをうろちょろして邪魔していたピーの姿が無い。また、遠くに遊びに行ったのだろうと思っていたら、近くのコナラの落葉の上で、気持ち良さそうに居眠りをしていた。僕も、一応、置場は完成したし、指を金槌で叩いてしまったし、この辺で休憩したくなった。そこで山向こうの「カフェ・ポステン」へ行くことにした。途中の不動峠の山道は、落葉を一面に敷き詰めたよう。それを、農家のおばさんが、かき集めて大きな袋に入れていた。堆肥にでもするのだろう。林の所々にあるカエデに午後の陽が当たって真っ赤に光っている。やはり、峠を越えてきた甲斐があった。コーヒーが実に美味い。疲れた身体に染み込んでいく。