2018年11月7日

フクレミカン、その後分かったこと

 2年前の11月7日付けのブログ『木守小屋にて』に、八郷真家の明圓寺にあるフクレミカンのことを書いた。ふと思いついて、今日もまた見に行った。期待していた通り、何本もの古木に果実がたわわに実っていた。昔、この地方では、生食用の柑橘類というだけでなく、冬でも濃緑を保つ葉と美しい黄金色の果実が、「縁起物」とされていたのだろう。
 先のブログでは、このフクレミカンと万葉集で占部広方が歌っている筑波山の「橘(タチバナ)」との関係が謎だとしているが、その後、少し解って来た。どうやら、フクレミカンは、「柑子(コウジ)」の一種だという事である、コウジは、江戸時代以前の我が国に存在した唯一の生食用の柑橘類として珍重されていた。その記載は古く、早くも901年の『三代実録』に名前が出ている。『延喜式』(927)には、各地から天皇に献上されたとの記載がある。万葉集に出てくる橘とは、コウジかその仲間のことかもしれない。(※ニホンタチバナは、静岡県焼津市が北限)
 植物学的には、このコウジは、日本固有の種であるタチバナの血を引く自然雑種とも、タチバナと中国のマンダリンとの交雑から生じたとも言われている。フクレミカンがコウジの仲間で、タチバナの系統だとすると花も似ているはずである。以前、フクレミカンの花が京都御所の右近の橘(文化勲章のデザイン)とそっくりだと聞いた事があるが、これで納得できた。
 コウジの仲間は、耐寒性が比較的強く、栽培が容易なので家庭果樹として、昔は広く東日本の各地で栽培されていた。きっと、フクレミカンも、古くから筑波山周辺で栽培されていたのだろう。しかし、コウジの仲間の柑橘類も、現在では、紀州みかんや温州ミカンに押されてほとんど残っていない。唯一、フクレミカンだけが、日本固有種の血を引く生食用の柑橘類として筑波山麓周辺だけに残っている。そういう意味では、もっと大切にしなければならないのかもしれない。

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