2019年3月30日

貝母


 

 気がついたら、庭の片隅でバイモ(貝母)が咲いていた。アミガサユリの名前の通り、網目の入った花弁を下に向けてひっそりと咲いている。「貝の母」と書いて、バイモと読ませるが、なぜ、そんな味のある名前がついたの知らなかった。ネットで調べたら鱗茎の形から名付けられたとあった。原産地は中国で、この鱗茎を乾燥して去痰、鎮咳、鎮痛、止血などの生薬として使うともあった。使い方を間違うと毒でもあるらしい。

 僕が植えたのだろうが、鱗茎がどんな形をしていたか、まったく覚えていない。今度
、花が終ったら掘り上げて確かめてみよう。






庭の枝垂桜


庭の枝垂桜が咲いた。これは福島県三春の滝桜のクローンだ。滝桜は、樹齢推定1000年と言われる巨木で、国の天然記念物になっている。種類はベニシダレザクラで、赤味が濃い。
僕の枝垂桜も、これから千年の間、毎年咲き続けて、やがて「青柳の枝垂桜」と言われる日が来るだろう(笑)。


2019年3月29日

小さな世界ーアクアリウム




北側の窓に棚を作って、アクアリウムと植物を置いた。淡いブルーの光の中に3匹の赤いメダカが泳いでいる。僕が創った世界。小さな生態系。

2019年3月2日

海老が島にて


昨日アップした「不思議なところ」の「謎」が少し解けた。調べたら、ここは戦国時代に城があったところのようだ。もっとよく探したら、土塁や堀の跡ぐらい見つかるかもしれない。
城の名前は「海老が島城」で、寛正2年(1462)から応仁元年(1467)にかけて結城氏によって構築された。しかし、その後、桜川を挟んだ小田氏や真壁氏と敵対し、ついに天文15年(1546)に落城した。さらにその後、取ったり取られたり、味方になったり裏切ったりと、訳わからない戦国時代を経て、ついに1569年に佐竹氏が攻め落として、1602年に秋田に転封するまで、その配下の宍戸一族に与えたそうだ。(この頃の攻防を理解するのは疲れる)
Googleマップで見たら、確かに海老の格好している(?)。現在の「海老ケ島」は、ここより南側の地域を指すが、ここが名前の起りだろう。興味深いのは、野良猫を飼っているおじさんが、「裏を掘ったら砂利が出た」と言いていたことだ。2、3万年前、この辺には古鬼怒川が流れていて、それが作った低湿地帯の中に、島状の台地が点在していた。その状態は江戸時代に干拓するまで残っていた。そこに城を築けば、攻め難く守り易かったのだろう。
ほんの少し散歩しただけで、想像や空想はどんどん広がる・・・。
もうこのくらいで止めとく(笑)。