2010年5月26日

真壁の古くからの温泉

真壁のS温泉(鉱泉)は、近頃どこの地方都市にもある福祉温泉施設とは、一線を画している。なにしろ、壁には、明治32年発行の手書きの温泉効能書が張ってあるのだ。戦前は、文豪も湯治に来ていたという。
今から30年以上も昔、まだ、僕が独身だった頃、親父からもらった5万分の1の地形図に鉱泉マークがあるのを見つけて訪ねたのが最初である。その後、数年前、一度、友人と来たきり、ずっと忘れていた。
 今日、雨の中の植生調査で、すっかり身体が冷えたので、小屋に戻る途中にあるこの温泉を思い出した。はたして、今でも営業しているのかと疑問を持ちながら、現地に来てみると、確かに旅館はあった。それも、山裾の木々に囲まれて、ほとんど昔のたたずまいでひっそりと建っていた。人気の無い玄関も昔のままである。大声で挨拶すると奥の方から、主人らしいおじいさんが出てきて、風呂は階段を下りた一番奥だという。薄暗い廊下を進むと、脇の行李の中に、刀が何本もあるのを見つけて驚いた。聞くと、明日、近くで仮装行列があるので、その道具だという。菅笠や蓑も置いてあったが、この旅館の雰囲気によく似合っている。
風呂も、この雰囲気が続いていて、大正か昭和初期の湯治場のようである。あるいは、地方の小さな町のうらぶれた銭湯のようでもある。 脱衣場には、すすけた半裸女性の浮世絵が置いてあるし、鏡などは何が映っているのか分からない。湯船は、地元産の御影石で出来ていているが、これも年代物で黒ずんでいる。窓が無いためか、全体がほんのりと薄暗く、その中で、壁の漆喰に描かれている周辺の山並みが湯煙にぼんやりと浮かんでいる。
このように書くと、敬遠される方もいるかもしれないが、肝心のお湯は、実に素晴らしい。肌に軟らかく円やかな感じで、いわゆる最近の何とか温泉みたいな塩素臭がまったくしない。やや温めの風呂にたっぷりと身体を沈め、じっと目をづぶっていると、心から満ち足りた気分が湧き上がってくる。「いろいろあったけど、いま、こうしていられるのは嬉しいことだ」と。

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