2021年8月28日

高峯の南麓



 先日、岩瀬の「櫻川磯部稲村神社」に行った時、宮司さんと古代(奈良、平安時代)には、羽黒近辺が交通の要衝であったかもしれないと話した。図らずも、今日、50号線の北側の高峯山の麓を走っていたら、その根拠らしい地点に出くわした。これだから、知らない田舎道を当てもなくウロウロするのは楽しい。そして、小さなものでも良い、何か発見があったら尚更だ。


 高峯山の南麓に位置する高台にあった十字の切り通しで、『大神台遺跡・大神駅家跡比定地』の案内板を見つけた。現在は畑になっているが、この台地からは縄文時代の土器や石器が多数採集されているそうだ。更に、ここ大神駅家(おおみわうまや)は、常陸国の国府(石岡)と下野国の国府(栃木市)の中間に位置しており、また、東に向かうと那珂川を超えて日立そして東北へ、南に向かうと、おそらく、羽黒から板敷峠を超えて八郷を横断して国府(石岡)に通じていたのだろう。古代では交通や文化の行き交う重要な地点だったのだ。今では、赤土の埃が舞い上がる畑が、ただ広がっているだけである。




案内板を読んだら、この付近には大蛇が多くいるので「大神(おおみわ)」という名前がついたと『常陸国風土記』に書かれているそうだ。付近に『八大龍王神』の石碑が建っていた。「八大龍王」といえば、護法の神で、元々は古代インドのナーガという半身半蛇の神である。「大神」と「八大龍王」、何か関係がありそうな、なさそうな・・・。こんなことを考えながら田舎道をのんびりと走るのは、実に楽しい。これだから自動車の走行距離はドンドン伸びる(笑)。








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