2020年1月1日

初詣、下野国大神神社と「室の八嶋」


 2020年の元日。毎年恒例となっている両実家への挨拶回りをしてきた。その宇都宮から館林に向かう途中にある下野国「大神神社(おおみわじんじゃ)」で初詣した。この大神神社は下野国総社で歴史は極めて古い。なにしろ崇神天皇の時代(3世紀後半?)、その皇子の豊城入彦命が、東国平定の戦勝と人民の平安の為に奈良県の大三輪神社(大神神社)を勧請したのが創建だという。近くに下野国庁跡もあることから、石岡の総社と同じように任命された国司が国内の神社を巡拝するのをここ一箇所で済むようにした(=総社)のだろう。あの「道鏡」も下野国薬師寺別当に左遷されて下向された際に、一時ここに居を構えていたらしい。



 そんな事より、この神社が有名なのは、境内に「室の八嶋」と言われる場所があることだ。「室の八嶋」は「けぶり(煙)」、特に「恋に身を燃やしたけぶり」と結びついて、古代から、下野国の歌枕として有名である。元々は宮中の竈の煙を指した言葉らしいが、何ゆえに遠く離れたこの場所を指すのかわからない。昨日の朝霧のように、あたりの清水から湧き上がる水蒸気を「けぶり」と見立てたか。それを赴任した国府の役人が美化して都に伝えたか?

 元禄2年(1689)に、松尾芭蕉も、ここが気なったらしく『奥の細道』では、最初の歌枕の地として訪れている。芭蕉は、ここで「糸遊に結びつきたる煙哉」と詠んでいる。しかし、情景の描写は無く、同伴者の曽良の解説を紹介しているだけである。もしかすると、現地を見て少々ガッカリしたのかも知れない。僕も、現地はスギ林の中の池に小社の祀ってある小島が連なっているだけで、眺めても「ア〜、こんなものか」という程度で特段感動は無かった。

 大神神社にしても室の八嶋にしてもこれほどの歴史があるのに、忘れられた素朴な田舎の神社という感じであり、僕にはこれはこれで好ましく思えた。


 



0 件のコメント: